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名前:大脇 賢二

メモ:明けましておめでとう御座います。 本年も何卒よろしくお願い致します。

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HQジャパンではマルベリーペーパー(楮紙)を多数ご用意しております。スケルトンリーフやタイの若手画家の絵も豊富に取り揃えておりますので、タイの文化にご興味のある方はぜひご覧くださいませ。

紙の歴史


紙の起源と歴史 - 概説
紙は、世界中の地勢およびその文化に及ぶ、豊富で多彩な歴史を持っています。その発展をたどることにより、私たちに人類の限りない想像性、創造性そして時には愚行を洞察させてくれます。
紙の素晴らしい創造のおかげで、私たちの世界の多くの記述が蓄積され、私たちはそれらを共有し学習する事ができます。私たちは、紙がどのように作られるかを記述し、それが何に使用されているか、そして紙について話す時に知っていると有用ないくつかの言葉を、以下に紙の歴史としてまとめました。
私たちがそうで有った様に、この紙の歴史があなたに有益で、有用で、楽しめる記述であることを望んでいます。あなたのご意見と投稿を歓迎します。 お問い合わせ からいつでもご連絡下さい。

紙の起源-エジプト 紀元前3,000年
私たちが紙の起源について考える場合、私たちの記憶では5000年以上昔のエジプトのナイル川峡谷へ思いを馳せるかもしれません。パピルス(Cyperous)と呼ばれる湿原草がそこには繁っていました。エジプト人はその植物の枝から薄い表皮をはぎ取り、ナイル川の泥水でそれらを柔らかくしました。その後、これらの表皮は一つのマットを形成するのに適した角度で重ね合わされました。それから、マットは叩き潰されて薄いシートにされて、日光の下で乾かされました。出来上がったシートは、その表面上に書くのに理想的でした。さらに、軽量で持ち運びが出来たので、それらは、エジプト人、ギリシア人およびローマ人に選ばれ、宗教上の文章や芸術作品の記録媒体となりました。
エジプトのパピルス

紙という言葉はパピルス(papyrus )から来ました。パピルスのシートは重ね合わされたシートであるという機能の点では紙に類似していましたが、専門的にはよりマットに似ていたので、今日で言う紙とは違っていました。同様のプロセスは他の国でも開発されていました。西暦2世紀の間には中央アメリカで同じような物がマヤの人達の本作りのために流行していました。太平洋の島々では、衣服や儀式の品物を作るために、特別な形の丸太の上で精選された樹皮を叩いて紙を作っていました。しかしながら、これらのシートのどれも、今日で言う紙とは言えないでしょう。

真の紙の父祖 − 蔡倫
私たちが知っている今日の紙は別の所-中国-から来ています。紀元前の漢王朝(207BC-9AD)の墓の遺跡からは、老子-(604BC生誕)道教の父-の文章を記した絹布が発掘されました。 105ADには、時の漢の皇帝であった和帝の長官であった宦官の蔡倫は種々様々な材料を実験しその結果、各単繊維が完全に分離するまで植物の繊維を柔らかくする工程を完成させました。
個々の単繊維は大きな大樽の中で水と混ぜ合わされ、次に網を大樽に沈めて、その表面にファイバーを引っ掛けて網を引き上げました。 乾かすと、この絡み合った繊維の薄い層は今私たちが呼ぶ紙になりました。 蔡倫の薄くてかつ柔軟な紙は、その繊細で滑らかな表面を持っており、“名高い蔡紙”と言う意味の蔡侯紙として知られていました。 そして彼は、紙作りの守護聖人として崇敬されるようになりました。

紙作りの伝播 - 百万祈願
3世紀以降は中国から紙作りの秘技が初めはベトナムに、それからチベットへと密かに洩れ始めました。4世紀には韓半島へ、そして6世紀には日本に持ち込まれました。
パゴダ - 百万祈願


そこでは、8世紀中に女帝の称徳天皇が、個々の紙の上に100万の祈願(dharani)を印してそれ専用のパゴダに納めるという大規模な事業に取りかかりました。そのような深遠な発端から、紙作りの繊細な技が深く感謝されると共に更に洗練され蓄積されて、今日まで日本で継承されている事は驚くべき事ではありません。

西方への行程
紙作りはネパールに、そしてその後インドにと徐々にアジアの至る所に広まりました。AD751年に唐王朝がイスラム教の世界と戦争をした時、紙作りが間違いなく西方に伝わりました。 Tarus川の両岸での戦いの時に、イスラム教の戦士達は、偶然にも数人の製紙工達を含む中国人の隊商を捕えました。戦士たちは、製紙工達をサマルカンドへ連れて行き、間もなくそこは紙生産の大きな中心地になりました。
製紙技術の西方への伝播

徐々に、製紙業者達はイスラムの世界を通して-バグダッド、ダマスカスおよびカイロへと更に西へ進みました。最後には、北アフリカのムーア人がスペインとポルトガルに侵入した時に製紙技術をもたらしました。したがって、製紙業がヨーロッパに入って来たのは12世紀でした。

世界への伝播
ヨーロッパでは、パピルスの使用は9世紀中に途絶えました。当時の芸術家や文学者達の好ましい媒体は、滑らかで輝く羊皮紙でした。しかしながら、羊皮紙 -動物の皮で作られていた- は非常に高価でした。実際、羊皮紙に書かれた一冊の手書きの聖書には300頭の羊の皮が必要でした。実用的な日常のアイテムとして使用される様な紙としての概念は15世紀までは有りませんでした。 グーテンベルグが移動可能な版を完成し、そして1456年に彼の有名な聖書を印刷した時、彼はキリスト教の言葉を広げただけでなく、マス・コミュニケーションの革命の口火を切りました。現代の製紙業や印刷業の誕生は、一般的にこの時からとして記録されています。

紙の工業化 - 実験の時代
印刷技術は急速に発展し、一層の紙の需要を生み出しました。初期のヨーロッパの紙は再利用の綿や亜麻の繊維で作られていました-それで古いぼろ布の取引が急速に拡大しました。黒死病という伝染病はこれらの古いぼろによりヨーロッパから英国に入ったと言われています。しかしすぐに、この資源は不足したため、新しい原料の元を探すいくつかの興味ある試みが行われました−最もぞっとするものは包装紙を作るために、エジプトのミイラの再利用でした。他にも麦わら、キャベツ、スズメバチの巣などが試され、そして最後に木材が安く- かつ代替可能な- 材料として試されました。今日、エゾマツのような針葉樹の長くて柔軟な繊維が大量生産用パルプ原料として最も適切な資源となりました。
大量生産
紙の需要は又、生産の大きな効率化を必要としました。 18世紀後半に、ニコラス・リュイ・ロバートの労働者達は、最終工程で圧搾ローラーを備え、連続した金網上で継ぎ目のない長い紙を作る事ができる機械を創造しました。 フォードリニアー兄弟によって完成され、市販されて、その新しい機械で作られた紙は、直ぐに従来の手作りの単一のシートに取って代わりました。
機械による製紙

ヨーロッパやアメリカでは、紙の大量生産は、新聞、本、雑誌、紙袋、トイレットペーパー、紙幣および数え切れない程のその他の目的−衣類、煙突用にそして棺でさえ!- などの生産のために巨大な量の紙を供給して繁栄する産業になりました。今日、増大する紙の消費量は複雑な環境上の問題になりました - そして新しい材料の必要性は益々急を要しています。 いくらかは上手く再利用しているとは言え、多くの紙がまだ浪費されています。

紙の将来
展望
人間性の絶え間ない想像力により、この瞬間貴方が読んでいるこの言葉は新技術- 新大量通信革命の先駆け- によってディジタルに変換され世界中に送られます。これらの新技術が発展するにつれて、製紙業の将来はどうなるでしょうか? HQ PaperMakerでは私たちは、昔、紙がその本来の肉感的な特質で評価された様に−使用される材料、職人の技術および完成品の特質などが深く尊重され評価されると信じています。
伝統への回帰
西洋諸国では、工業的な紙の生産が隆盛を極めたので、手作りの紙生産はほぼ消滅に追い込まれました―僅かの優れた芸術家および職人の方々によってのみ守られてはいますが・・。しかしながら、アジアの至る所の小さな区域ではその伝統は生きています。
アジアの伝統の紙

ところで、しばしば“ライス・ペーパー”と呼ばれる伝統的なアジアの紙は全く米の繊維では作られてはいません。むしろ一般的には、それは、用途の広いクワの木−カイコの餌やクスリ等のさまざまな用途に使われる−で作られています。工業生産が要求する冷酷な程の正確さや標準化とは対照的に、手作りの紙の柔らかくて微妙な生地および自然な感覚は、熱心に一枚の紙を作る紙すき職人の暖かい心を反映していると言われています。

タイでの紙作り
タイでは、遡る事700年前に製紙の記録があります。紙の伝統的な用途は仏教文、寺院の書写および儀式向けでした。それは、かつては、コイという木(Streblus Asper(L.) Lour)の樹皮の内側から紙が作られていました。20世紀紙の初期に、コイからの紙の生産は、コイ木の不足のためにすたれ始めました。日本が第2次世界大戦の時にタイ王国を占領してから、再び紙の生産がタイで盛んになりました。何世紀にも渡って日本人は、クワの木(Broussonetia Papyrifera(L.) Vent)の樹皮の内側から「楮(こうぞ)」と呼ばれる紙を作って来ました。
タイでは、クワの木(「サー」として知られている)は溢れるほどに成長していました。また、日本からの地図、紙幣およびその他の書類用の紙の需要はサー紙の生産を繁栄させました。クワの木は、タイ(北部の森林および低地地域の至る所に野生で生えている) においてはまだまだ豊富で、タイの職人は何世紀も行って来たのと同じ技術を使用して、手作りの紙を生産し続けています。更に、これらの製品の国際的な需要が増加しているので、色染料、花の花弁および他の材料を組み入れた新しい特徴の有る紙が開発されています。
HQグループは、ほぼ10年前から花弁および葉っぱをすき込んだ、サー紙を生産するタイでは最初の人々の一人でした。そして例えばブーゲンビリアの花びらやタマリンドの葉を使ったわれわれ独自の紙のデザインは今でも国際的に非常にポピュラーです。

紙作りの工程
紙の品質を左右する多くの微妙な点がありますが、本質的に紙を作ることは簡単な工程です。リサイクルした材料か新鮮な有機物を使うかに関わらず、紙を作る工程は材料を細長い小さな一片に引き裂く事から始まります。そして繊維をほぐす為にそれらを夜通し浸します。次に繊維を時々かき回しながら、2-6時間沸騰させます。終了すると、繊維は不純物を取り除くために真水で洗われ、そして小さな狭雑物やゴミを手で取り除きます。
タイの手すきの紙

繊維はクリーム状のパルプになるまで叩解機あるいは手によって叩かれます。この段階で、色のついた紙を作るために染料を加えます。パルプは大きな桶に移されて、繊維を水中に縣濁させます。職人は枠の付いた網を水に漬けて、卓越した技能で網上に繊維をすくいながら水面上に持ち上げます。そして網のまま太陽で乾かすか、あるいは平らな板に移されて圧搾し、平滑にした後に乾燥させます。

将来性
この伝統的な方法で作られた紙は耐久性が有り、柔軟で、非常に広い用途があります。誰でもが、それを贈り物の包装、筆記用途、素描や絵画などに使用することができます。またそれらは、工芸家によって本や製本、文房具や挨拶状、箱、写真のフレームなどを作るのに使われます。紙は、さらに、壁紙、スクリーン、ブラインドやランプシェードのような、建築やインテリア・デザインに多く応用されています。鋳型や張り子のような技術を使用すると、花瓶、盆、装身具、家具など、そして実用的カートンや包装など、ほぼなんでも作る事が出来ます。実際、紙はそのように多目的に使える物であり、その用途は想像力で限られているだけです・・・さあ考え出しましょう!

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